2014年10月26日日曜日

(30)三角ドリルの原理


大工さんはいろいろな技を持っています。そのひとつに、木に丸や四角い穴を開けたり、溝を彫ったりする技術があります。「彫り3年」といって、相当な修業を積まない限り修得できないものです。しかし最近、種々の電動工具などが開発され、大幅に手間暇が省けるようになったそうです。
 普通の回転ドリルで開けられる穴の形は丸(円)に決まっています。昔、その常識を覆す正方形や正六角形の穴が開けられる回転ドリルが開発されました。その原理を簡単に紹介しましょう。
 バミューダコイン=写真1=を見たことがありますか。このおにぎり形を正確には「ルーロの三角形」といいます。このコインを適当な大きさの正方形の枠の中に入れると、コインが4辺のいずれにも接し、かつ接点が正方形の角付近を除くすべての点に接したまま回転させることができます。よって、このおにぎり形をベースとした刃を正方形枠の中で回転させると、ほぼ正方形の穴が開くのです。ここで、注意すべきことは、回転軸は固定せず、ユニバーサル・ジョイント(自在に操れる継ぎ手)を用い、微妙に動けるようにしてあることです。同様な原理で、正六角形の穴もルーロの五角形をベースにした刃をもつドリルで開けられます。
 しかし、ルーロの多角形は奇数個の辺をもつ多角形を基本としているので、この方針では正三角形正五角形の穴を開けるドリルは作れませんでした。最近になって、NPO法人科学協力学際センターの川添良幸代表理事や佐藤郁郎氏、東北大学金属材料研究所の臼井和也氏らと協力して、正三角形の穴を開けるドリルを試作しました(手前は開けられた正三角形の穴)=写真2。
これは、ヒューゴ・ステインハウス著『Mathematical Snapshot』(1938年)に紹介されていますが、「正三角形Tの枠の中で、Tの高さを半径とする2つの円弧を抱き合わせたレンズのような形(藤原・掛谷の二角形)がTの三辺のいずれとも接したまま回転できる」=図=という原理を応用したのです。このように科学、技術は日進月歩ですが、そのうちに星形の穴が開く回転ドリルが出現するかもしれません。 (東海大教育開発研究所長)

(29)世界が認めた折り紙の幾何学

折り紙は日本の伝統文化のひとつです。鶴などを、いとも簡単に折る日本人を見て、大抵の外国人はその幾何学的なセンスに驚嘆します。長い間、折り紙は遊びの範疇(はんちゅう)とみられていましたが、最近になって実生活でもいろいろな応用があることが知られ、盛んに研究されています。たとえば、「パラシュートをどのように折り畳んでおけば、落下途中で絡まないか」「車に搭載されているエアバッグの畳み方」「回収に便利な折り畳み式のペットボトルの設計」など、枚挙に暇(いとま)がありません。実際、日本応用数理学会に『折り紙工学』の研究部会が創設されたりもしています。
 今から10年ほど前、離散幾何学の国際会議を東海大学で開催しました。その際、18歳のカナダの大学院生、エリック・ドメイン君から「いい定理ができたので発表したい」と連絡がありました。18歳で院生であることに驚きましたが、彼の発表内容を知ってもっと驚きました。内容は以下の通りです。
 「紙に勝手な形をした多角形(どんな複雑な形でもよい)が描かれているとする。このとき、その紙を何度か折り、裁断機でたった1回切断すると、その多角形を紙からスッポリと切りだすことができる」
 この定理の特殊な場合は江戸時代の書物『和国知恵較』でも「三階菱の一刀斬(き)り問題」として紹介されています。上述のエリック君の定理のすごいところは、千差万別、無数にある「どんな多角形(線分で囲まれた図形ならへこんでいても可)」でも一刀斬りが可能であることを証明した点です。
 星形の一刀斬りの仕方を例示してみました。読者のみなさんも、あなたの好きな多角形を描いて、一刀斬りに挑戦してみてください。(東海大教育開発研究所長)

(7)錠剤シートの切り分け回数

 最近、栄養剤やビタミン剤を何種類も毎朝晩、常用しています。忘れないように各回にとる分だけを小袋に小分けにしておくのですが、その作業に意外と時間がかかります。特に、錠剤シートを1つずつの小片にバラすのが面倒。そこで今回は、錠剤シートや板チョコの分断に関する数理について考えてみましょう。
 たとえば図(a)のように、縦に2個、横に3個の合計6個の錠剤が並んで入っているシートがあったとします。このシートには縦、横に分断しやすくするためのミシン目が入っていて、それに沿って折ると二分されます。ここでは、重ね折りやミシン目の途中で折るのをやめることはできないものとします。
 さて、6個の錠剤をバラバラにするのに、合計何回折ればよいのでしょうか?
 まず、ミシン目リットルに沿って折り、その結果得られる1×3の2枚の断片のそれぞれをm、nに沿って4回折ります〈図(b)~(f)〉。すなわち、5回折ったことになります。
 別の折り方として、まず、mに沿って、次にnに沿って折ると3つの2×1の断片に分かれます。そのおのおのをリットルに沿って折ると、バラバラになるまで折った回数の合計はやはり5回になります。その他、いろいろな折り方が考えられますが、そのいずれの方法でも合計5回折ることに気づきます。その理由を考えてみましょう。
着目すべき点は1回折ると断片の総数が1つだけ増える。すなわち1回折ることと、断片が1個増えることが1対1に対応しているのです。この事実は、どのような折り方をしようとも、また、分断を行っているどの段階でも成り立ちます。折り方によらず、最初、1個だった断片(シートそのもの)が、最終的に6個の断片に分けられるのだから、折った回数は合計6-1=5回である。このように1対1に対応をつけて考えると便利な例をもうひとつ示してみましょう。
 夏の高校野球には、全部で49校が出場します。優勝決定までに、全部で何試合行われるでしょうか?(ただし、引き分け再試合はないものとします) 「1回試合すると、1校が敗退する」。すなわち、ひとつの試合に対し、ひとつの敗退校が1対1に対応していることを見抜けば、全部で48(=49-1)試合が行われることに気づきます。

 20世紀の偉大な数学者ポール・エルデスは、家庭も定職も持たず、サンダル履きでバッグひとつぶらさげて世界各地を放浪し、各地の研究者と共同で多くの素晴らしい論文を残しました。バッグの中は健康を維持するための錠剤が山のように入っていたことを、この原稿を書きながら、ふと思い出しました。

秋山仁の「こんなところにも数学が!」

(1)  視聴率とスープの味見


かつては、フーテンの寅さんを映画館に観に行くことから私の正月は始まった。寅さん亡き後は、箱根駅伝を応援し、「志の輔らくご」を渋谷パルコに聞きに行くのが恒例になった。視聴率改竄(かいざん)事件が勃発(ぼっぱつ)し、それが社会問題になっていた何年か前、その落語会の枕の話の中に、なんと私が登場したことがある。その下りは、「『ところで、視聴率なんてもんは、数千万世帯のうちのたった千世帯ぐらいしか調査していないんだから、あんまり当てになりませんよね。こんな数字に一喜一憂することはないんじゃないですか』ってなことを、テレビ局の楽屋で仲間たちと話してたら、突然、秋山仁が現れた。そして、こう言うんですよ。『そんなことはない。視聴率ってどういうものかってことを簡単に言うと、ホテルのコックさんが、スープを味見するとき、大鍋の中のスープを全部飲んで苦いとか薄いとかと調べるわけじゃないでしょう? コックさんは大鍋の中のスープをかき混ぜた後、スプーンたった一杯を試飲するだけで、全体の味を十分チェックできるでしょ。いくら心配性なコックさんだって、大鍋一杯飲みほして味見しているなんて聞いたことないよね。だって、全部飲んじゃったら客に出すスープが無くなっちゃうじゃない。これと視聴率の原理は同じなんだ』とさ」。すると、聴衆は視聴率が大変信頼性の高いもんだと合点したみたいで、客席がどっとわいた。